大阪高等裁判所 昭和63年(う)507号 判決
本件は窃盗罪等で4回服役したことのある被告人が,前刑受刑中から計画していた強盗殺人であり,その目的は大金を得て遊んで暮らすことにあった。しかして,出所するや直ちに計画を実行すべく,出所翌日には凶器の刺身包丁を買い求め,押し入りやすそうなマンション等を物色するなどし,出所4日目(昭和60年11月29日)に兵庫県姫路市内の原判示A方を慎重に偵察したうえ押し入り,同人の妻(当時30歳)の首あたりに前記包丁をいきなり突きつけ,同女が子供に危害を加えないよう手を合わせてひたすら哀願するのをいいことに,更に所携のタオルで猿ぐつわをし,その両手首を用意していた荷造り用ロープで後手に縛りあげるなどしてその反抗を抑圧したうえ,現金4万円余を強取した後同女を台所のテーブルの上へ仰向けに寝かせてその両足をテーブルの脚などに縛り直すなどしたところへ同女の長男(当時3歳)が走りこんで来て泣き出したため,泣き声が家の外に聞こえては犯行が発覚するとおそれ,脇に抱えこんだ同児の左前胸部,腹部などを前記包丁で多数回突き刺し,更に床にうつ伏せに置いた同児の背中を同様数回突き刺し,あげくは頸部に包丁を強く押しあてて前後に往復して筋肉を引き切るなどして殺害し,続けて,緊縛されているため全く抵抗できない妻の心臓めがけて力一杯2回程同様突き刺し,引続き前胸部等を同様多数回突き刺しあるいは切りつけ,切り口から露出した心臓が動いてるのをみて改めてこれを突き刺し,更にとどめのため頸部を2,3回突き刺し,2,3ケ所引き切るなどして殺害し(原判示第一の姫路事件),この犯行で得た金員も残り少なくなってしまったことから,再び強盗殺人を企図し,新たに凶器の果物ナイフを買い求め,前記犯行から4日後の同年12月3日兵庫県神戸市内で押し入りやすそうなマンション等を物色しながら原判示のB方に至り,玄関ドアの開いていた同人方に入りこんでこれに施錠し,同人の妻(当時34歳)に対し所携の果物ナイフを突きつけるなどして金員の要求をしたところ,同女が応ぜず,わめいたりやや大声で応答をしたりするのでタオルで猿ぐつわをし奥の部屋に引きずって行くと泣き叫びはじめたので更にマフラーで両手首を後手に縛りあげるなどしてその反抗を抑圧したが,同女がなおも泣き止まなかったので,金員を強取する前に同女を殺害しようと計画を変更し,緊縛されて無抵抗の同女の心臓や前胸部,腹部をめがけて力一杯10数回突き刺し,もがいてうつ伏せになり動かなくなった同女の背部を更に10数回突き刺し,なおもとどめとして頸部にナイフを押しあてて頸動静脈を引き切るなどして殺害し,その後各室内を物色したが金員を発見できなかった(原判示第二の東灘事件)というのが事案の概要である。
右各犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段・方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響並びに被告人の前科関係など諸般の事情に徴すると,被告人の刑事責任がきわめて重大である。
所論は,生みの母に対する復讎などが犯行の動機としてあった旨を指摘して動機において酌量の余地があると主張し,当審で被告人もこれらの動機を強調するのであるが,本件の直接の動機は,強盗については安易に金員を得ることにあり,殺人については犯行の発覚を防ぐなどにあったことが明らかである。ただ母への復讎云々は,被告人の心理の基底にあるいは存し,これが犯行の一つのきっかけとなったことを全く否定はできないが,本件各犯行により生命を奪われた被害者ないしその遺族の立場に立てば自ら明らかなように,結局被告人のかような心情自体は金銭欲などと同様,いずれも自己の満足のため他を犠牲にして省みないという面で共通しており,所論がいうように動機において被告人に有利に斟酌すべき事情とは,到底解されない。
被告人は,本来矯正に努めるべき服役中から強盗殺人を計画し,出所後直ちに凶器を買い求めるなど周到な準備をととのえたうえ,いずれも白昼,夫が働きに出て主婦ないし子供のみが在宅している平穏な庶民の住居を狙ってこれに入りこみ,無抵抗で恐怖におびえている主婦2名に執拗で残虐な凶行を加えて殺害し,加えて母親の面前でいたいけな幼児1名を惨殺し,姫路事件では現に金員を強取したものであるから,犯行の態様はきわめて悪質・非道であると評さざるをえず,発生した結果はもとより重大である。それこそ何の罪科もないのに突如恐怖と苦痛や屈辱に見舞われあまつさえ生命をも奪われた被害者らのその間に抱いた無念さは想像するに余りがあり,遺族らが今なお厳しい被害感情を有しているのも首肯しうるところである。加えて,本件が付近住民に強い恐怖感と衝繋を与えるなど社会に加えた深刻な影響も到底看過することはできない。
これらの事情に加えて,被告人の前科・前歴関係や生活状況更には本件犯行後の情状とりわけ被害者の遺族に対し見るべき慰謝の措置が講じられていないこと,被告人が終始反省・悔悟の情を示していたわけではないことなど諸般の事情をあわせ考察すると,被告人の刑事責任はきわめて重大であるといわなければならないのである。
してみると,所論が指摘する被告人に有利な情状すなわち被告人が不遇な家庭環境に育ち母親との関係などその生育歴に恵まれない事情が存し,それらが被告人の人格形成に少なからぬ影響を与えており,この点では被告人に同情の余地があること,自首をしていること,現在ではM夫婦の養子となって,養母を通じキリスト教に帰依し,ようやく本件各犯行を反省する心境に至っていること,更には犯行時の被告人の年齢(24歳)などを最大限考慮しても,本件につき死刑を選択するのはやむをえない。けだし,死刑の選択は慎重でなければならないとしても,被告人の罪責は誠に重大であって,本件が罪刑均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合に相当すると考えられる。
そうすると,被告人を死刑に処した原判決の判断は当裁判所もこれを是認せざるをえず,その量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。